受け入れがたいという方は
「所詮こいつの個人的意見でしょ」とでも
思ってやって下さい。
でも忘れないで下さい。
これは真実です。
さて、以前より
「塾に行くなんてバカだね~」
という話をしていますが、
その真意をもう少しだけお話しします。
まず考えていただきたいのは、
お子様に何のために勉強をさせているのか
ということです。
この子が困らないように。
将来安定した仕事に就けるように。
少しでも能力を上げておけるように。
しかし一方で、
そんな先々のことを
臨場感を持って認識できるほど
子どもたちには“体験”がありません。
我々大人にとっては
未来をイメージすることは難なくできますし、
その重要性を認識することもできるのですが、
反対にお子様はできません。
大人になるということが
はるか先の未来の話だからです。
本当に自分が大人になる時が来るの?
というくらい未来は遠い存在。
そんな子どもたちに対して
「将来」を語ってみせたところで、
残念ながら思っているほど
届かないと思います。
また、子どもたちのこの先の将来には
安定している仕事なんてありません。
おそらく公務員というシステムも
続けていくことができずに
崩壊している可能性すらあります。
日本2トップだったはずの
航空会社JALという企業も
運営が苦しくなり国の補助を得ました。
SONYやSHARPなど
誰もが名を知る大企業ですら、
今青息吐息です。
大企業はこれから縮小、
倒産していくだけです。
ベンチャー企業の9割は
起業後5年以内に倒産します。
こんな世の中の10年後、20年後に、
この状況が劇的に改善しているとは
私には思えません。
そんな激変する社会の中で、
今の子どもたちが大人になる頃、
どんな力を必要とされる社会に
なっているでしょうか。
そこに果たして東大です、京大です、
という学歴が資格として
力を持っているでしょうか。
私は半々と見ています。
確かに得できる部分もあるでしょう。
今でさえ企業側も採用段階で
ターゲティングを仕掛けています。
学歴主義はありませんと言いながら、
正式な就職採用活動に入る前から
めぼしい大学にリクルーターを送り
アプローチをかけているのです。
大企業を目指せば目指すほど
学歴主義を避けて通れなくなるのです。
そんな時に、もしお子様に学歴があれば
その学歴フィルターをくぐりぬけることは
できるかと思います。
ただ、就職活動は内定を得ることが目的です。
学歴は「あって当たり前」くらいで、
要はそこから「他の子にないものは何?」
という視点で見てくるのが面接です。
ちなみに、その前にES(エントリーシート)
という段階もあるのですが、
ここでほぼ8割内定が決まるそうです。
他に選ばれるのは
内定した子が辞退するリスクを考えて
第二希望レベルの子を余計に選んでおくとのこと。
もちろん全ての企業の話ではありません。
そうした時に、
お子様がどうなることに対して
塾にお金を払っているのか。
そのことを保護者の皆さまが
明確にイメージできているかどうかが
とても重要になってきます。
もし、とにかく目の前の成績を上げること!
という考え方でされているのであれば、
おそらくその塾の授業料は「浪費」になるでしょう。
お子様に必要なのは
知識ではないからです。
考える力が必要なのです。
なので勉強したくないと言う子に
無理矢理知識を付けさせようとしても、
ユダヤの格言のように
馬を水場に連れていくことはできても
水を呑ませることができないように、
お子様が知識を増やしていける道理は
ありません。
そんなこと言っても、
じゃあ放置しろとでも言うのか!?
と思われるかも知れませんが、
私が言いたいのは「順番」の問題です。
目標も何もないうちから
イヤがっているお子様を
無理矢理塾に連れていくのではなくて、
まずはお子様が勉強に向かうように
環境や心情を整理させてあげるのが
先だと言いたいのです。
ハッキリ言えば、
知識さえあれば合格しますが、
馬鹿が知識付けても馬鹿なんです。
そして知識は時間と共に消えていきます。
ならば残るのはやっぱり馬鹿です。
馬鹿とは「考えようともしないこと」です。
考える気もないのに知識を覚えても
意味がないのです。
そして馬鹿のまま学歴を持っても、
宝の持ち腐れで役には立ちません。
大事なのはお子様自身が
レベルアップすることです。
ただこれは勉強に限っての話で、
別に勉強が全てではないですし、
勉強はしたくなってからするのが一番です。
お子様が勉強するようになるには、
勉強しろ勉強しろと言う前に、
お子様との信頼関係が先です。
子どもが頑張るのは
親が喜んでくれるからです。
親が喜んでくれないのなら
全ての努力が無になるのです。
どんな子どもも
生まれた時から一緒の親を
無条件に愛しています。
しかし、その親から愛されないことで
勉強へのモチベーションを失います。
少なくても、愛されていないと感じれば
子どもたちは頑張る気力を
いとも簡単になくしてしまえるのです。
愛することは相手を知りたいと思うことです。
相手にこうして欲しいと思うことではありません。
お子様を知りたいと思う気持ちです。
そういう関係性もなく
ただ勉強しろ勉強しろ
成績上げろ成績上げろと言っても、
した努力も伸びた成績も
お子様には何の役にも立たない
ただのガラクタでしかなくなるわけです。
そしてそんなガラクタ収集のために
塾に高額の授業料を払うのかどうか
という話なのです。
私の学習室では考える力を付ける
特別授業を行っています。
しかし参加は任意です。
聴きたい人は来ればいいし、
別にいいやと思えば来なくても良い。
聴きたくない子に話しても
お互いにとって時間の無駄なので、
私は聴きたいという子にだけ
話をします。
相手が一人しか来ない日でも
変わらず話をします。
来たその子さえ得ができれば
良いからです。
話がちょっとそれましたが、
塾の費用、浪費になっていませんか?
今一度ご確認下さい。


