2015年1月29日木曜日

スランプ中につき

現在絶賛スランプ中です。
スイッチを切ったように
何も一切したくないテンションです。


理想を言えば、
勉強本などにもあるように
スランプ中であっても
勉強を切らしてはならない、
攻めの勉強から護りの勉強へ、
的な行動が取れれば良いのですが、
現実問題そういきません。


というか、
別にスランプ中であっても
勉強を続けられる人はやればいいと思うんです。
できそうにない人はやらなきゃいい。


甘えとかそういうことではなく、
スランプ中でもやらねば!
と思える人はできるんでしょうし、
ここは無理しても仕方ないから
全面降伏して立ち直りを優先しようと考える
私みたいなのがいても良いと思います。


何を言いたいのかというと、
私たちは情報に踊らされている
ということです。


世の中には情報が溢れています。
というか、
世の中は情報でできている。


その中にあって
意欲の高い人間というのは
貪欲に情報を集め吸収しようと思うのですが、
メディア戦略で消費意欲を
掻き立てられているのと同じで、
勉強や仕事においても
あああらねばならない、
こうあらねばならない、
ああすべき、こうすべきと
様々な“煽り情報”に刺激され続けているのです。


だから、学びを止められない状態に
なってしまっているのではないでしょうか。


私は今回久々の大型スランプを迎えて、
結構焦っていたんです。
つい一昨日までは。


今の時期は私にとって超重要な時期。
そこでスイッチが切れている場合じゃない!
と思うわけです。


でも、こういう焦りを抱いていることも、
きっと何か重要なものを
見失っているせいではないのか?
とふと思ったのです。


分かりやすく例えるなら、
スランプとは成長期であり、
遺伝子組み換え期です。
新しい自分のフェーズに変わる過程であり、
痛みや苦しみを伴う
回路の再構築が行われている時期なのです。


なので、スランプというトンネルを抜けると
新しいパワーアップした自分が待っているわけです。


そのことを思い出した段階で、
必死になるのを辞めました。


リラックスして、
だらけるだけだらけて、
とりあえずやることだけやってから、
あとはなるべく省エネモードで動く。


そうやって余計なストレスを溜めこんで
成長を阻害することのないよう
鎮痛行為だけを意識しています。


それでも相当キツイですが。


でも、このことを知っていないと、
無意識のうちに自分を酷使し、
焦らなくても良い時に焦り、
肝心な時にガス欠になってしまうものです。


現在スランプ中につき
ギアを上げきらない状態ですが、
ストレスなくできることを見つけて
勤務時間内パフォーマンスだけは
落とさないようにするくらいです。


皆さんもスランプの時には
無理して勉強しない方が良いです。
もちろん、できる人はやっていいですが、
「やるべきだ」という思いでするのなら
精神の安定やストレスの解消などを優先させ、
勉強をしないようにすることをオススメします。

2015年1月24日土曜日

叶う目標に関する最重要事項

あなたも目標を持っているでしょう。
私も持っていますし、
生徒たちにも持つように教えています。
目標の持ち方も勿論
教えていました。


しかし、最近のスランプの中で、
叶う目標と叶わない目標を分ける
超重要なポイントが分かってきました。


これはあまりにも重要なので、
こちらのブログでは載せません。
私に直接お声掛けいただいた方のみに
お教えしようと思います。


ただ、これを知ると
すぐにでも目標を書き変えたくなります。
私もそうでした。
全く違うものになりました。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

ちょっと頑張れば
届きそうな目標を立てる、
というのは
スーパーナンセンスだ

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

という話は以前しました。


こんなことを言う人は
勉強のべの字も知らない
ど素人だとも言いました。


そもそもそんなものは「目標」ではありませんし。


まずは前提として

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

今の自分では逆立ちしても
絶対叶えられないような
でっかい目標を立てなさい

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

ということを思い出して下さい。


そして、さすがに答えは載せませんが、
それじゃあ単なるいじわるなので、
ヒントをお伝えします。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

キーワードは「ペルソナ」です。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


別のところで、
この世は正に情報でできていて、
その無数の情報に
私たちは振り回されている
と言いました。


私達は
欲しくないものを欲しいと思わせられ、
行きたくもないうちから
行きたいと思わせられ、
ありとあらゆる洗脳を受けて
生活しています。


そうした中で
いつの間にやら「ペルソナ」に
覆われてしまっているのです。


ペルソナとは
本来の自分とは異なる
偽りの表面的な自分という皮のこと。


本来の意味で言うところの
潜在意識を後天初期の無意識と言うなら、
洗脳の結果生み出されたのは
後天後期無意識により形成された
“見えないもう一人の自分”
ということになります。


これはある種の
前提(フィルター)になっているのです。


つまり、ペルソナに気付かぬうちに
目標を立てても
どこかにかすかな違和感を
感じるはずです。


そこの修正ができてはじめて
「叶う目標」に行き着くことができるのです。

2015年1月23日金曜日

大阪都構想反対多数

その報道自体が悪意に満ちていますね。
この僅差なら「賛成も多数」です。


彼は一体何に負けたのでしょうか。


政治、選挙は勝ち負けではありませんが、
今回都構想を実現できなかった責任を
これからの大阪は身を持って負っていかねばなりません。


これは個人的な予想ですが、
今回66.8%だった投票率が
もし70%にのっていたら、
この差は埋まっていたのではないでしょうか。


今回の相手は自民&民主&公明の連合軍。
ということは組織票の大きなところは
向こう側。
あとは個人の票をどこまで集めるか。


そして今回の都構想でネックになっていた
高齢者には厳しくなりそうなイメージが
票数に大きく影響したとも言われています。


さて、今朝ニュースで橋下氏の清々しい会見を見て、
先に挙げた点と
記者たちの馬鹿な質問攻めに対して、
今回の橋下さんの負けを確定付けたのは
やはりメディアの力だったと確信しました。


そして、7年半も戦い続けて
なお大阪は「変わらない選択」をしたのですから、
もう橋下さんからすれば
「じゃあ勝手にしなよ」という感じでしょう。


大阪は変わるべき時にいる。
その一心で突っ走っていた姿。
全てを敵に回しても
大阪変革を旗印に論破してきた忍耐力と思考力。


どんな相手にも立場を崩さず
論理的に攻勢し、
メディアに邪魔されながらも
ここまで健闘された気力。


私は本当に橋下さんを尊敬します。
私だったらとっくにキレてる(笑)


細かいところを見れば、
問題が全くないことはないでしょう。
そりゃあれだけ大規模な構想です。
全ての人にとって良いモノなど
たった7年半で創れるわけがない。


それでも投票する側は自由です。


人は感情的に「イヤ」となると、
大きなメリットよりも
小さなデメリットで揚げ足を取りたがり、
大衆的な幸福よりも
自分の得を選びたがるもの。


二重行政下で様々な点で損をさせられていても、
長い時間の中で慣らされて気にならず、
その状況を立て直そうと誰かが立ちあがっても、
大阪市がなくなるのはイヤだと
意味の分からない反対をする人が出てくる始末。
目に見える変革による混乱を避けて
今までの損を取り続けたいらしい。


これだけ死ぬ気でやってきて、
結果都構想が水泡に帰したこのタイミングで、
続投する気になるわけはないですし、
それだけ民意が「都構想はない」と言うなら、
もう他の政治家の皆さんが
この大阪をどうにかして下さいと言うほかありません。


やることは全てやり、
全力を出しつくしてやりきった7年半の結果。
それを受け入れた清々しい会見。
「橋下さんは人間的にもやっぱりスゴイ人だなぁ」
と一人感動していました。


確かに半分の方々が
賛成して下さったとは言え、
都構想がなしと決まった時点で
橋下氏が政治家で居続ける理由はないでしょう。


本当にお疲れ様でした。
外野からですが、
本当にお疲れ様でしたと伝えたい。

2015年1月14日水曜日

塾の費用が投資になる人、浪費になる人

かなり厳しい御題目を付けました。
受け入れがたいという方は
「所詮こいつの個人的意見でしょ」とでも
思ってやって下さい。


でも忘れないで下さい。
これは真実です。


さて、以前より
「塾に行くなんてバカだね~」
という話をしていますが、
その真意をもう少しだけお話しします。


まず考えていただきたいのは、
お子様に何のために勉強をさせているのか
ということです。


この子が困らないように。
将来安定した仕事に就けるように。
少しでも能力を上げておけるように。


しかし一方で、
そんな先々のことを
臨場感を持って認識できるほど
子どもたちには“体験”がありません。


我々大人にとっては
未来をイメージすることは難なくできますし、
その重要性を認識することもできるのですが、
反対にお子様はできません。


大人になるということが
はるか先の未来の話だからです。
本当に自分が大人になる時が来るの?
というくらい未来は遠い存在。


そんな子どもたちに対して
「将来」を語ってみせたところで、
残念ながら思っているほど
届かないと思います。


また、子どもたちのこの先の将来には
安定している仕事なんてありません。
おそらく公務員というシステムも
続けていくことができずに
崩壊している可能性すらあります。


日本2トップだったはずの
航空会社JALという企業も
運営が苦しくなり国の補助を得ました。


SONYやSHARPなど
誰もが名を知る大企業ですら、
今青息吐息です。


大企業はこれから縮小、
倒産していくだけです。
ベンチャー企業の9割は
起業後5年以内に倒産します。


こんな世の中の10年後、20年後に、
この状況が劇的に改善しているとは
私には思えません。


そんな激変する社会の中で、
今の子どもたちが大人になる頃、
どんな力を必要とされる社会に
なっているでしょうか。


そこに果たして東大です、京大です、
という学歴が資格として
力を持っているでしょうか。


私は半々と見ています。


確かに得できる部分もあるでしょう。
今でさえ企業側も採用段階で
ターゲティングを仕掛けています。


学歴主義はありませんと言いながら、
正式な就職採用活動に入る前から
めぼしい大学にリクルーターを送り
アプローチをかけているのです。


大企業を目指せば目指すほど
学歴主義を避けて通れなくなるのです。


そんな時に、もしお子様に学歴があれば
その学歴フィルターをくぐりぬけることは
できるかと思います。


ただ、就職活動は内定を得ることが目的です。
学歴は「あって当たり前」くらいで、
要はそこから「他の子にないものは何?」
という視点で見てくるのが面接です。


ちなみに、その前にES(エントリーシート)
という段階もあるのですが、
ここでほぼ8割内定が決まるそうです。
他に選ばれるのは
内定した子が辞退するリスクを考えて
第二希望レベルの子を余計に選んでおくとのこと。


もちろん全ての企業の話ではありません。


そうした時に、
お子様がどうなることに対して
塾にお金を払っているのか。
そのことを保護者の皆さまが
明確にイメージできているかどうかが
とても重要になってきます。


もし、とにかく目の前の成績を上げること!
という考え方でされているのであれば、
おそらくその塾の授業料は「浪費」になるでしょう。


お子様に必要なのは
知識ではないからです。
考える力が必要なのです。


なので勉強したくないと言う子に
無理矢理知識を付けさせようとしても、
ユダヤの格言のように
馬を水場に連れていくことはできても
水を呑ませることができないように、
お子様が知識を増やしていける道理は
ありません。


そんなこと言っても、
じゃあ放置しろとでも言うのか!?
と思われるかも知れませんが、
私が言いたいのは「順番」の問題です。


目標も何もないうちから
イヤがっているお子様を
無理矢理塾に連れていくのではなくて、
まずはお子様が勉強に向かうように
環境や心情を整理させてあげるのが
先だと言いたいのです。


ハッキリ言えば、
知識さえあれば合格しますが、
馬鹿が知識付けても馬鹿なんです。
そして知識は時間と共に消えていきます。
ならば残るのはやっぱり馬鹿です。


馬鹿とは「考えようともしないこと」です。
考える気もないのに知識を覚えても
意味がないのです。


そして馬鹿のまま学歴を持っても、
宝の持ち腐れで役には立ちません。
大事なのはお子様自身が
レベルアップすることです。


ただこれは勉強に限っての話で、
別に勉強が全てではないですし、
勉強はしたくなってからするのが一番です。


お子様が勉強するようになるには、
勉強しろ勉強しろと言う前に、
お子様との信頼関係が先です。


子どもが頑張るのは
親が喜んでくれるからです。
親が喜んでくれないのなら
全ての努力が無になるのです。


どんな子どもも
生まれた時から一緒の親を
無条件に愛しています。
しかし、その親から愛されないことで
勉強へのモチベーションを失います。


少なくても、愛されていないと感じれば
子どもたちは頑張る気力を
いとも簡単になくしてしまえるのです。


愛することは相手を知りたいと思うことです。
相手にこうして欲しいと思うことではありません。
お子様を知りたいと思う気持ちです。


そういう関係性もなく
ただ勉強しろ勉強しろ
成績上げろ成績上げろと言っても、
した努力も伸びた成績も
お子様には何の役にも立たない
ただのガラクタでしかなくなるわけです。


そしてそんなガラクタ収集のために
塾に高額の授業料を払うのかどうか
という話なのです。


私の学習室では考える力を付ける
特別授業を行っています。


しかし参加は任意です。
聴きたい人は来ればいいし、
別にいいやと思えば来なくても良い。


聴きたくない子に話しても
お互いにとって時間の無駄なので、
私は聴きたいという子にだけ
話をします。
相手が一人しか来ない日でも
変わらず話をします。
来たその子さえ得ができれば
良いからです。


話がちょっとそれましたが、
塾の費用、浪費になっていませんか?
今一度ご確認下さい。

2015年1月13日火曜日

「限界を知る」の本当の意味

自分の限界を知りなさい、と言われたら
なんだかネガティブな印象を受けます。
私も人から言われたら
そう受け止めるでしょう。


しかし、本来の「限界を知る」とは
建設的な打開策を講じる上で
とても重要なものです。


限界とは「自分はここまでできる」というラインを
しっかりと認識することにあります。
ただ、それは自分の能力への諦めでは
決してありませんし、
そう受け取るべきではありません。


人生はまだまだ先に続きます。
現時点で何ができて何ができないか
という話なのです。


限界というのは
現時点での効果測定みたいなもので、
何を鍛えれば
その限界を越えられるかを知るための
建設的な考え方であるはずです。


勿論、イチロー選手のように、
勉強でめっちゃ頑張ったけど
4位にしかなれなかったから
野球に賭けることにした
という話では、
文字通り
自分の勉強に関する能力に
見切りをつけたということでしょう。


これは“健全な使い方”だと思います。


「限界を知る」とはツールなので、
どこでどう使うかが重要です。
その解釈において
「自分はどうせこれが限界なんだ」と思ってしまうと、
その先に続いていたはずの成功の未来が
一生途絶えてしまうことになります。


確かに挫折は苦しいものです。
敗北や失敗は心を折るものですし、
失った自信を取り戻すのは
容易ではありません。


ましてや、自分の限界を把握するという作業は
特に挫折や行き詰まりの時に
しなければならなくなるものです。
そもそもが傷つきネガティブな状態で
向き合うツールなので、
いかにも「諦め」に繋がりやすくなります。


しかし、エジソンが

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

途中で諦める者は、
自分が成功にどれだけ近づいているか
気付いていない

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

と言っているように、
そこで諦めることが
本当に妥当な選択かは
正直誰にも分からないのです。


イチロー選手のように
時間的な制約をあえて設けて、
際限なく不毛な努力を続けるリスクを
なくすということも大事な決断です。


しかし、一生懸命やったけど
思うような成果が出なかったというのは、
必ずしも諦める理由になりません。
どこに原因があったのか
そこさえ分かれば何度でも
リベンジできるからです。


要するに、
目の前のそれが
諦めるべきものか
諦めるべきではないものか、
その判断をどう正確にやれるか。
そこが大切なのだと思うのです。


ですから、
「自分の限界を知る」というツールを
是非意図的に使って下さい。
感情的に諦めの道具とするのではなく、
あくまでも現状把握を行う上での
モノサシとして使うのです。


大事な選択肢を
安易に手離してしまう前に。

2015年1月12日月曜日

「塾をやめれば成績が上がる」と言い切れる理由

先日私はある方とお話をした際、
あることに気付かされました。
それは、
自分の真意が思いのほか
伝わっていないのではないか、
というものでした。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

塾をやめれば成績が伸びる

塾に行くのはバカな人だ

塾に行くなと言う本人が
学習室をやっているじゃないか

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

といったご指摘を受けたのです。


確かに、
毎回強烈な言いまわしで論じているので、
その印象ばかりが先行しているのかも
知れません。


そこで昨日から
Youtubeにもこれらの誤解を解くべく
動画をアップしています。
そちらも参考にしていただけたらと思います。
https://www.youtube.com/watch?v=XFNoOqOcFHg
https://www.youtube.com/watch?v=EsABf__bs_w


さて、今回はその私の真意を
少し長くなりますがお話ししていきます。
正直長いです。


まず、私がしたいこと(ミッション)は

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

できない子をできる子にする

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

です。


「できない子」とは勉強ができない子であり、
成績が芳しくない子です。
この子には2種類います。


①やる気がそもそもなくてやってもいない子
②やっているのに伸びない子


私はこのどちらも救いたいと思っています。


では、塾ではそれができないのか、
という話ですが、
結論から言えば「できません」。
少なくても今までやってきてません。


それは今や5万教室を越えた
塾業界を考えれば一目瞭然です。
これだけ塾があっても
できない子はできないままで、
できる子はできるままです。
その格差が以前よりも縮まっていると思う方は
多くはないでしょう。


勿論、中には
少数ですが変貌を遂げる子もいます。
しかし、今の仕組みでいけば
それは極めて稀なケースで、
言ってみれば「運が良かった」だけの話です。


私はその
「できない子ができる子になる仕組み」を
ブレイクスルー・アカデミーという形で
具現化したという流れです。


では、ここは塾ではないのか、
ということですが、
それは私の塾の定義が

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

カリキュラム、授業、テキストを
決められて勉強させられる場所

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

としているため、
「うちは塾ではありません」と言っているのです。
ブレイクスルー・アカデミーには
それらは全てありません。
完全なフリースタイルです。


なぜフリースタイルなのか。
それは

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

カリキュラムも授業もテキストも
できる子になるためには邪魔

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

だからです。


この理由を論じる前に、
そもそも「できる子」と「できない子」を
分かつものは何なのか、
という問題を説明します。


片や、特に頑張らずに成績優秀で、
片や、頑張ってるのに伸びない。
明らかに差があります。


その差を生むのは「頭の良さ」?
そう思う方もいるかも知れませんが、
違います。


みんな同じ構造、
同じ容量の脳を持っています。
機能的に違いが出るはずないんです。
※先天的な天才は別に考えて下さい。


では、一体原因は何なのか。


それはこれです。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

勉強というものを
きちんと理解しているか

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

原因はこの「理解の差」に集約されます。


よく「東大に行く子の親は高収入」と
話題に取り上げられますが、
この切り取り方は本質を見失わせます。


東大に行く子は
勉強とは何かが分かっているのです。
頭の良し悪しではなくって、
ルールさえ分かれば攻略できると
分かっているので、
別に自分たちが頭が良いとは思っていません。
受験を攻略した。
それだけなのです。


そして高収入の親というのは
学歴も高い方が多いので、
親もまた勉強というものを
理解している可能性が高い。
なのでそういう視点や発想や考え方が
自然と家庭教育を通して
子どもたちに浸透していると考えられます。


つまり、勉強に関して教育費をかけられたから
成績が良いのではなくて、
そういう教育を受けられる環境だった
ということなのです。


もちろん、高額な塾に行けば
勉強のプロもいることでしょう。
単なる小手先のテクニック以上の
本質的なことを教えてくれる先生も
いたのかも知れません。


ただ、勉強とは何かを知る術は、
別に高額な塾に行かずとも
本屋に行けば無数に手に入るものです。
収入格差そのものが
学歴格差を生むという論調は
あまりに表面的だと私は感じています。


そして、
話を元に戻しますが、
このブレイクスルー・アカデミーでは、
こういった「勉強とは何か」ということを
教えているわけです。


で、そこにフリースタイルがどう効いてくるかと言うと、
その子がするべきことに
集中させてあげられるということです。


カリキュラムや授業やテキストの制約がないので、
学校のテスト勉強を軸にして、
教科バランスや目標に応じて
それぞれが力を入れるべき内容に
フォーカスできる仕組みを採っています。
だから、誰もが3カ月で
50点、100点普通に伸ばせるわけです。


これは当たり前です。
すごいことでも何でもない。
やるべきことをやって伸びないはずがないんです。


逆に塾はシステムで制約しますから
その分非効率になって
努力効果が分散させられてしまい
効果が上げにくい環境なんです。


だから「成績を伸ばしたいのに」塾に行くのは
おかしいよね、と。
余計に状況悪化してるよね、と言いたいわけです。


じゃあ、成績イイ子はどうなんだ、
となるのですが、
彼らは勉強のことを理解しているので、
その塾のシステムを
自分のすべきことをベースに
上手く活用する業に長けています。
だから変わらず、というか
さらにパワーアップしていける。


つまり、同じものを与えられても、
それを使いこなせるかどうかで
成績がガラッと変わるということなのです。


ということは、
「勉強の理解の差」とは本質的には

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

発想の仕方、考え方の差

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

ということに行き着きます。


ということは、
できる子の発想や考え方を
できない子たちが身に付ければ、
同じ成果を出せるようになるじゃないか!
という話なのです。


そしてそれは、
私が実際に高校受験の時と
大学受験の時に実践して
効果は実証済みですし、
何より成績イイ子たちは
みんなそういう勉強感覚を持っています。


現に今私の学習室には
講師は医学部生しかいませんが、
彼らも全く同じ感覚で
指導にあたって下さるので
安心なのです。


ただ、ここには大きな問題がありました。
勉強ができない子には
この考え方が受け入れられないのです。


これは予想外でした。。。


みんな頑張っても伸びない。
どうにか成績を伸ばしたいと思っている。
そう思っていたんです。
しかし、どうもちょっと違うらしい。


先日お話をしたその方にも
この話をしたのですが、
話の途中で

「考え方なんて後回しだろう!
まずは成績を上げさせろ!」

と怒鳴られてしまいました。


これ以上は何を言ってもダメだと思い、
その後は「はい、そうですね」と
繰り返すことにしたのですが、
このやり取りが全てを物語っています。


もうお気づきかと思うのですが、
これこそが日本教育の根本にある問題です。


考える力を失った大人が
平気で今の子どもたちに
「考える力を後回しにしてとにかく勉強しろ!」
と言う。


相手の考え方を理解しようともせず、
ひたすら自説にしがみつき、
「お前の考え方は間違っている」
と言う。


考えることよりも点数!成績!


これを大人が言うのですから、
子どもたちがなかなか変われないのも
無理はありません。


そして、だからこそ、
これまで何十年も
できる子とできない子の格差が
埋まらなかったわけです。


そしてこのギャップを埋めることの
途方もなさ。
予想以上でした。


彼らは成績を伸ばしたいんじゃないんです。
楽をしたいだけなんです。
自分を変えずに成績だけを
何とかしたいと思っているんです。


いやいや、成績を伸ばすためには
成績がイイ子たちと同じことすればいいじゃん!
と言うのですが、
どうも彼らには
「いや、あなたの考え方は理解できない」
となるらしい。


完全に成績伸びないパターンです。


だから10時間勉強しても
15時間勉強しても
一向に成績上位者に追い付かない。
当たり前の結末です。


ならばせめて
「塾に行く」という発想そのものに
疑問を感じてくれれば、
何かきっかけになるんじゃないかと
私なりに考えてみたのが
このブログでした。


かなり長くなってしまいましたが、
このブログで何か少しでも
誤解が解けてくれればいいと思います。


それでもなお、
いや、お前の考え方は理解できない、
と思う方は、全然いいのです。
無理して私に付き合う必要はありません。


勉強で成果を出したいという方は
参考にしていただけたら
それで私は救われます。


今成績が芳しくなくて
どうしても今の自分を変えたいという方に
この思いが伝われば本望。
そのためにも、
私は今後も発信を続けていこうと思います。


こんなにも長い文章を読んでいただき、
本当にありがとうございました。