2014年9月23日火曜日

平和とは一体何なんでしょうか

MARVEL映画『マイティー・ソー』で、
主神オーディンが息子たちにこう言う場面があります。
「賢い王とは好んで戦ったりはしない。しかし、戦う覚悟だけはしておけ。」


ふむふむ。


週刊少年ジャンプ連載中の漫画『ONE PIECE』では、
ネフェルタリ家に使える重臣ペルがビビ王女にこんなことを言っています。
ビビ「なぜ毎日戦いの訓練をするの?」
ペル「護衛兵ですから
   ……この国を お守りする為です
   強くならなければ」
ビビ「誰と戦うの?」
ペル「さァ 戦うことより… 守るのです」
ビビ「違うの?」
ペル「…目的の違いです」


ふむふむ。


人気漫画『ドラえもん』の劇場版『雲の王国』では、
高い文明を持つ天上人と対話をするために、
ドラえもんは彼らの住む雲を溶かしてしまえる武器を持っている事を
表明することを考えます。
「勿論ほんとに使うつもりはないよ。
 でも天上人と対等に話すにはそれしかない。」


最近「戦争法案」なんて過激な煽りを受けて
安全保障関連法案が問題視されています。
先日の「強行採決」報道の辺りから
どうも騒々しくなってきています。


そんな中で私は「平和とは何だろう」と考えてしまいます。


私は戦争世代でありませんから、
映画や話を聴いたレベルでしか感じることはできません。
でも、戦争はもちろんしたくない。
てか、誰も戦争したいなんて思ってない。


でも、「戦争法案」とか言われて、
「強行採決した」とか聴くと、
短絡的に「安倍首相は戦争に向かってる」と早合点してしまう。
直情的に「反対運動だ!」となる。
脱原発の騒ぎのときの様子が蘇ります。


例えばキリスト教にも1000年王国という発想があります。
平和な1000年が終わると世界が終わるという
終末思想のことです。
今日勉強した北欧神話でも、
神々は最終戦争ラグナロクに向けて着々と準備を進めています。


宗教や神話の世界ですら、破滅や戦争が前提になっている。
破壊があって再生があるのだと。


現在でもISISがイスラム教という背景をもって
平気で大規模な殺害行為や歴史冒涜行為を繰り返しています。


人を救うためにあるはずの宗教が、人を殺す理由になってしまう。


同じ「平和」を口にする人たちが、
自分とは違う考えの人たちをけなし、
相手の意見を聞き入れることなく批判している様子は、
正直「平和」からはほど遠いと感じます。


「民主主義」に対する冒涜行為だ!
とのフレーズも耳にしますが、
そもそも民主主義がそんなに機能していた国でしたっけ日本て。
自分の話を聴けっていうことだけですよね、たぶん。


人を好きになるという、至極個人的なことでさえ、
すれ違いが起これば必ず傷つく人が出てきてしまう。
でも、別に誰かが悪いわけではない。
ただ、誰かが誰かを好きになっただけ。


世の中はもっと複雑だし、
そういうすれ違いはたくさん起こるのであって、
それこそ言語や文化が違い、
これまでの歴史的な認識においてすら食い違うようなことが起これば、
お互い喧嘩になるのも仕方がない。


18世紀なんかヨーロッパではバカスカ戦争やってたし、
世界史では王様とか財務長官とか宰相の名前くらいしか出てこないけど、
ちゃんと家族もいて夢もあった血の通った人間が何万人も死んでいたはず。
そんなリアルも教えずに、
年号とか戦争名とかばっかり覚えさせるような教育やってるくせに、
いっぱしに民主主義語って「戦争法案反対!」とか言える人の気が知れない。


人はすれ違うし、食い違うし、喧嘩する。
それは友達だってそうだし、夫婦だって親子だってそう。
他人ならなおさらだ。
民主主義以前の問題じゃないのかな。


平和って何ですか?
何をどうやって守ろうとしているんですか?
それをハッキリさせないまんまで、
賛成も反対もないでしょうにと思ってしまいます。