2014年9月27日土曜日

文系学部の規模縮小は良い傾向

※関連記事
 産経ニュース:国立大学の人文系学部・大学院、規模縮小へ転換、文科省が素案提示
 http://www.sankei.com/life/news/150528/lif1505280016-n1.html


今更な感がありますが、私見を述べさせていただきます。


文系学部を縮小する文部科学省の考えの“真意”はどうあれ、
この結果のもたらす効果を考えると、
私は賛成に回りたい気持ちです。


以前浪人していた予備校で、
文系コーストップを張り、
東大文Ⅰに進んだ友人はこう言っていました。
「文系のトップって言っても全然嬉しくない。
 だって数Ⅲやってないもん」


私は長く教育関連のアルバイトやら仕事をしてきて、
数学が苦手だから文系に進むという決断をする学生を
山ほど見てきました。
そういった経験を踏まえて言えば、
文系学部には機能不全に陥っている学部が多いと考えています。


ハッキリ言えば、
数学な苦手な者たちの受け皿になってしまっていた面も
多分にあるということです。
勿論、十把一絡げにするつもりはありませんが、
そういう事実は間違いなくあると思います。


ちなみに文系に進む者たちのほとんどは「国語力」に欠けています。
なぜか。
数学を棄てるということは、
論理的思考力の育成を断念することになるからです。


「国語力」というのは言葉だけが一人歩きしていますが、
その実態は存在しません。
国語力と明確に定義されるものは存在しないのです。
もしあると仮定するなら、
それは読解力と伝達力と言えるでしょう。
要するにコミュニケーション能力の基盤となる能力です。


読解力とは相手の言わんとしていることを読み取る能力であり、
これは国語の問題で養うことになる「客観力」に根ざしたものですが、
伝達力は回答力を通して磨かれます。
回答力には数学の論理的思考能力が不可欠な要素で、
これがないと抜け、漏れ、ダブりを意識する機会は少なくなります。


また、文系学部が理系学部に比べて
市場発展に寄与しないという文部科学省の見解ですが、
これは一部の優秀な人材を除くと
「そうだ」と言わざるを得ない状況だと思います。


例えば哲学でも、それ単独で身を立てられる者は数えるほどで、
倫理の教科書を見ればお分かりの通り、
社会や科学や数学などの他分野で活かされていることが多いものです。
文学的素養というのは、それ単独で成り立つというよりも、
社会発展に貢献する何かしらの別のカタチを通して
威力を発揮するものなので、
確かに国家の発展を急がれる今の日本からすれば、
理系に資金を集中投資したい気持ちも分かります。


これは文系よりも理系が優秀!ということではなく、
実益を考えた場合に即効性のある方に
より優先的に力を入れたいという思惑です。
L型G型構想に並行して取り組みたい案件ではありますよね。


選択と集中という企業としては当たり前の戦略が、
こと教育関連分野に至ると、
デリケートな分野だけに色々な感情的軋轢を生みます。
しかしこの構想は私もアリかなと思うところです。
皆様はどう思われるでしょうか。


長文失礼致しました。