2014年12月18日木曜日

ブレイクスルー・アカデミ-は3年目に突入しました!

皆さまのおかげをもちまして、
当アカデミーは無事3年目に突入致しました。
本日が正に開校記念日ということになります。


その一方で、
私個人としてはまだまだ
この記念日を祝う気にはなりません。


このブレイクスルー・アカデミーが
2年間でやってきたことが
一体どれだけ熊本のため、
日本のためになっているだろうかと
実感を持てずにいるからです。


1995年に東京都知事選で
大前研一氏がタレントの青島幸男氏に敗れた時の、
そして今年先日の大阪都構想選挙で
橋下徹氏が反対多数で敗れた時の、
その時のような心境で迎えることになりました。


そして、この2年間の運営もまた、
自分一人の力で成し遂げたとは
とても言えない状況ですし、
実は色々なことが半端なままの
ブレイクスルー・アカデミーです。


そこで今の私は原点に立ち返り、
時期を選ばず先日より
模索の時期に入っています。


このままのことを続けていても
何の意味もないことは明白です。
今自分は変わらねばならないし、
ここで変われなければ死ぬ方がマシだ、
と感じています。


少し重たい表現となりましたが、
でも決して大げさではなく、
このブレイクスルー・アカデミーが
この世界に存在する意義を
打ち立てねばならないと考えています。


なので、今回の開校記念日は
正直さなぎの状態で迎えました。


このままさなぎのままで死ぬか、
さなぎから見事蝶となって世に羽ばたけるか。
ある意味で重要な節目にあります。


いつまでも皆さまに支えられるわけにはいきません。
そして、いつまでも”その他大勢”であるわけにはいきません。


今正に、当校名の通り、
ブレイクスルーすることが求められているのです。


この世界を変える。
この日本を救う。
この熊本から巣立つ若者に
将来を牽引し得る素晴らしい力を
身に付けてもらう。


自分を見失うことなく、
理想を見失うことなく、
この運命の3年目を
見事ブレイクスルー元年にすべく
今後もこれまで以上に邁進してまいりますので、
是非今後とも
よろしくお願い致します。


2014年12月17日水曜日

ないはずのものに気付くには

今回はかなり重要な話をします。
今の状態から劇的に
チャンスの幅を広げるための話です。


それは

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

セレンディピティ

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

という能力。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

セレンディピティとは
何でもないようなものからでも
自分にとって重要な何かに
気付けること、
もしくはその能力のことを指します。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


つまり、何でもないところから
自分にとってのチャンスを生みだす力
ということになります。


「何でもないところ」と言うと
無から有を生み出すような印象を
与えてしまうかも知れませんが、
少しニュアンスが違います。


例えば、果物を手で掴んで
ギュッとすると、
果肉が潰れて果汁が垂れてきますよね。
あんな感じです。


チャンスに関するパーツが
現象の中に散らばっているような
そんな感じです。


なので一見チャンスのような姿形がなく
なにも意識しなければ単なる「それ」、
つまり単なる起こった現象として
記憶の片隅に追いやられ
近いうちに消えてしまうものになってしまいます。


別の例で言えば、
霊感のある人が「あ、そこに女の人がいる」と
認識できるようなものです。
あんまりいい例ではないですね(汗)
でも、意識して見る人にしか見えないという意味では
当たらずとも遠からずかと。


とすると、セレンディピティとは
意識的にせよ無意識的にせよ
そこにハッキリ存在していないはずの
自分にとっての重要な気付きを
抽出できる能力だと
言い換えることができます。


するとさらに踏み込んで言えば、
チャンスとは
向こうからやってくるものではないということ。


「来ないな~来ないな~」と待っていても
実はチャンスが来ても気付けません。
チャンスは自分で見つけようとして
初めて引き寄せられてくるものなのです。


なかなか成績が伸びないな~
どうしたら点数を伸ばすことができるかな~
こういう風にずっと考えて下さい。
そしてその答えを自分なりに
模索して下さい。
考えることなく無思考的に勉強しても
努力がなかなか成績に反映されません。
考えることをやめれば
絶対に成績は伸びてくれないのです。
まずは考えることから始めましょう。

2014年12月13日土曜日

不安、恐怖、悩みは消せるか

勉強をしていると
不安や悩みはつきものです。


合格するだろうか、
今度のテストで成績は伸びるだろうか、
頑張っているのに成果が出ない、
勉強しないといけないって分かっているのに
なかなか手がつかない。。。。
色々なことを考えてしまいます。


このことに関して、
脳機能学の権威である苫米地英人氏は
次のようにおっしゃっています。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

不安とか悩みとかは
存在しないんだぜ

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ここだけ聞くと「は?」って感じです。
この部分を紐解いていきましょう。


脳機能をベースに考えると
不安とか悩み、鬱もそうなのですが、
ないはずのものらしいのです。
だから、彼は相談を受けるとまず、

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

不安が嫌なら、
不安になるのをやめればいいじゃん

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

と伝えるのだそうです。


ないはずのものを気にするから
いつまで経っても解決しないのであって、
気にすることをやめてしまえば
何をすべきかはもっと見えるはずだ、
ということです。


そもそも不安や悩みや恐怖といったものは
そういったものが物理的に存在するわけではなく、
副次的に生じた“現象”に付けられた名前です。


具体的に説明すれば
記憶の取捨選択を司る海馬という部位と
情動を司る扁桃体という部位の
情報伝達の過程で生じる副次的な現象のうち
ネガティブなもののことを漠然と
不安とか悩みとか恐怖と
呼んでいるということです。


つまり、不安というものがあるのではなくて、
不安を引き起こす原因があって
それにくっついて出てくるもの
ということになります。


ということは、
不安や悩みや恐怖というものは、
それを引き起こしている根本的な原因を
取り除く事で
消す事ができるということが分かります。


これは同時に
「くよくよしても仕方がない」
ということを意味します。


とは言っても情動ですから
完全にコントロールすることは
正直難しいと思います。


ただ、理論的にでも
不安や悩みや恐怖が生じる
プロセスを知っておく事で
今までよりも気にせずに済みますし、
何より立ち直りやすくなります。


かく言う私も結構ビビりですし、
不安も常に抱えて、
何かあるとすぐ情動が揺れ動いてしまう方ですが、
このシステムを理解してからは
数分で平常のテンションに
戻せるようになりました。


一番避けたいのは
不安や悩みや恐怖を
抱え続けることです。
いつしか気持ちが萎えて
気力を失ってしまいます。


でもこのことを知った今日からは、
くよくよするのは時間の無駄で、
根本原因を解決するしかないのだ、
と思考を切り替えることで
すぐに断ち切れるようになるでしょう。


嫌な気持ちはサクサク切り捨てて、
よい気持ちだけを大切にしたいものです。

2014年12月10日水曜日

予習をする意味を分かっていますか??

昨日テレビで『Another Sky』観ました。
ゲストはMay.Jさん。


彼女の話の中で刺さったのは
ボーカルスクール(ダンススクール?)の
先生に言われた言葉です。


「あなたは何をしにここに来ているの?」
と聞かれた彼女は
「学びに来ています」
と答えたのだそうですが、
そこで先生にこう言われたのです。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

でも、あなたからは
これが学びたい!っていう
意欲を感じられない

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


この言葉を聞いたときに、
私には「予習」という言葉が浮かびました。
もはや職業病!?


しかし、多くの方が
予習が何たるかが分かっていません。
これは学校の先生にも言えることです。


生徒たちの宿題を見ていると、
解いてきなさいって宿題が多い。
これが復習範囲なら分かりますが、
授業で当てられて答えなきゃならない。
つまりは予習扱いです。


熊本の高校では課外という枠があって
通常の授業以外に講習があります。
そこでも予習と称する
「解いてこい」宿題が出るのです。


この宿題の出し方をする先生は
正直超馬鹿たれとしか言いようがありません。
本来の予習とはかけ離れているからです。


予習とは

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

自分が学ぶべき事を
明確にしていく作業

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

を意味します。
別に予習の段階で理解までする必要はなくて、
単に

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

自分はどこが分からないのだろう?

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

ということをハッキリさせればいいのです。
だから本来予習は5〜10分で
終わるべきものなのです。


しかし、実際に出される宿題は
不毛なもののオンパレードです。


これらが全て先生個人のせいなのかは
分かりません。
上からの命令で
こういう宿題にせざるを得ないのか、
個人的な判断で下せる裁量範囲内でも
これが精一杯なのか分かりません。


ただ、宿題の出し方が
予習と呼ぶものに関して見れば
明らかに間違っているのです。


もし予習で全部解けたなら、
その子は授業を無視しても
構わないという措置があるなら
それも意味があるかも知れませんが、
自分の話を聞かないとダメ!
という我がまま教師に捕まると
生徒にとっては最悪です。
人生を浪費させられるからです。


予習は本来解いていく時間ではありません。
解くのは「復習」のタイミングです。
この順番を意識するだけで、
結構時間の使い方を
効率化させることができますので、
是非心に留めておいて下さい。

2014年12月8日月曜日

英語の難しさはどこにあるのか

今回は英語の勉強について考えてみましょう。


人間の頭の中には
実はいろいろな回路が存在しています。
感情回路や思考回路、
日本語の回路に英語の回路などです。


英語の回路を新たに構築するのが
英語の勉強の本来の目的です。


しかし、もともとネイティブとして
日本語という言語回路を持っているので、
そこに新たに別の言語回路を
増設するのは至難の業です。


ではどうすれば
より効率的に英語回路を
増設することができるのか。


それには

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

英語は英語だけで勉強する

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

のが良いということが分かります。


だから1年間留学すると
誰でもしゃべれるようになると
言われるのですね。
なんせ現地では全てが英語ですから。


すると、裏を返せば、
日本での英語学習が非効率なのは
日本語で英語を勉強するから
なのです。


そもそも日本語とは論理性を欠いた
曖昧な構造をしています。
阿吽の呼吸といった言葉からも
分かる通り、
相手の理解や読解に頼っている部分があり、
多少不正確でも
相手が修正を加えて受け取ってくれます。


一方英語はガチガチの論理です。
これは昔から他国から占領されたりする中で
言葉の誤解で殺されてしまうような
ギリギリの状況を経験してきたことに
端を発しています。
相手から誤解を全く受けずに済むよう、
文法構造をしっかり固めて
多くのルールで言語を縛る事で
自分たちの命を守った
ということです。


このように成立背景も
言語体系も全く異なる言語同士を
和文英訳、英文和訳といった具合に
1対1につなげようとすることに
最初から無理があったわけです。


例えば、日本語で
「中途半端」という言葉があります。
これを訳せと言われたら、
あなたはどう訳しますか?


実はこれは非常に難解です。
というか回答不能です。
なぜなら英語では
「何が中途半端なのか」という点が
重要だからです。


時期が中途半端なのか、
能力が中途半端なのか、
努力が中途半端なのか、
道のり的に中途半端なのか、
とにかく「何が?」が大事なのです。


よく英語の単語テストで
英単語と日本語を対で出題するものが
あるかと思います。


実はああいう単語テストが
最も英語学習において
英語習得を阻害するものだったりするのです。


英単語は文章の中にあって初めて
文型を持ち意味を確定させます。
単発で切り取って持ってきても
意味を与える事ができないのです。


曖昧な日本語の構造と
超ガチガチの論理構造である英語を
つなげようという発想。
これこそが英語の勉強を
非効率なものにしてしまう原因でした。


ここからあなたは英語の勉強を
どう切り替えたら良いと思いますか?